大学受験といえば、多くの人が真っ先に思い浮かべるのが「赤本」だろう。過去問題集として長年受験生を支えてきた存在であり、本屋の受験コーナーには大学ごとの赤本がずらりと並ぶ。しかし、編入試験の世界に足を踏み入れると、多くの人が最初に戸惑うことになる。
「編入って、赤本ないの?」
実際、その通りである。
もちろん一部の大学では過去問を公開しているし、予備校が独自に問題を集めているケースもある。しかし、一般入試のように全国の書店で簡単に入手できる「編入版赤本」は、ほとんど存在しない。これが編入受験特有の不安を生み出している。
一般入試では、赤本を見れば出題傾向がある程度わかる。「この大学は長文読解が多い」「英作文が毎年出る」といった分析も容易だ。しかし編入試験では、そもそも問題が手に入らない大学も珍しくない。大学の窓口で閲覧のみ可能だったり、「過去問配布なし」と書かれていたりすることもある。受験生は限られた情報を頼りに、「今年は何が出るのだろう」と手探りで勉強を進めるしかない。
そのため、編入受験では「情報戦」という言葉がよく使われる。SNS、ブログ、予備校の体験談、大学のシラバス――あらゆる断片を集めながら試験内容を推測していく。一般受験では当たり前に存在する「標準ルート」が、編入では存在しないのである。
また、赤本がないことは、勉強方法の不安にも直結する。「この参考書で合っているのか」「専門科目はどこまで必要なのか」が見えにくい。特に経済学部や法学部、情報系学部の編入では、大学ごとに求められるレベルが大きく異なるため、受験生は常に「この方向性で本当に大丈夫か」という不安を抱えることになる。
だからこそ、編入経験者のブログや合格体験記が妙に神格化される。「○○大学はこの本が役立った」「英語はTOEIC中心だった」という一文が、赤本の代わりのように扱われるのだ。情報不足の世界では、他人の経験談が極めて貴重な資料になる。
一方で、この「赤本がない世界」は、編入という制度の特殊さも象徴している。編入はまだ一般化された進路ではなく、多くの大学が独自の方法で選抜を行っている。そのため、一般受験のような巨大な受験産業が成立しにくい。言い換えれば、編入は今でも「知っている人だけが挑戦する制度」なのだ。
しかし逆に言えば、赤本がないからこそ、受験生自身が大学のシラバスを読み、研究内容を調べ、学びたいことを自分で考える必要がある。単なる暗記型の受験ではなく、「なぜこの大学へ行きたいのか」を突き詰める過程が求められる。
編入受験は不親切だ。情報は少なく、過去問も少なく、孤独感も強い。それでも多くの人が挑戦するのは、「今の環境を変えたい」「学び直したい」という思いがあるからだろう。
赤本が本屋に並ばない世界。その不便さの中に、編入という制度のリアルがある。

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