心の中で思っていることは自由です。
内心の自由ということです。
朱子学という学問分野でも、「未発は善」といって具体的な言動にならなかったのであれば、それは善い行いだとされます。
プラカードを見たひとの反応を、私は見ています。
「もしかしたら嫌な気持ちになったのかな?」
と思えるときがあります。
彼らはどう感じたかを教えてくれません。
――しかし、
「なみなみならぬ道徳心をもて」
と言われた気がしているのであれば、それは私が求めていることではありません。
嫌いなものは「嫌いだ」と言っていいし、関わり合いになりたくないのであれば、「ごめんね」と言っていいと思います。もしも言ったり、やったりしなければ、それは貴方の道徳心が勝ったと言えます。――未発は善。善い行いをお疲れ様です。しかし、その忍耐をすべての人に求めるつもりはありません。
「だから、あっちへ行け」
――これはいけません!
最悪なのは、もっともらしい理由があると見せかけて、
「嫌いだ、あっちへ行け」の後に「これは区別だ」と念を押すことです。
――なんで自分が正しい側だと主張したくなるの?
「あっちへ行け」とまで言っているのだから、悪いのは貴方でしょう。
せめて、
「悪いのは私だけれど、あっちへ行けよ」
と言えないものですか。
――もっと自分の言動に責任を持って、悪びれられませんか?


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