はじめに
埼玉県川口市を中心に続くクルド人問題をめぐり、差別に反対する弁護士や地方議員が誹謗中傷や殺害予告の標的になっているという報道があった。
記事では、在日コリアンの弁護士が「日本から出て行け」と脅迫され、クルド人差別に反対する地方議員にも殺害予告が送られた事例が紹介されている。
もしこれが事実であるならば、到底許されることではない。
言論には言論で反論するべきであり、脅迫や暴力によって相手を黙らせようとする行為は、民主主義社会では認められない。
しかし、私は別の危惧も感じている。
それは、移民政策への反対と、外国人への差別が混同されてしまうことである。
政策への反対は民主主義の当然の権利
日本がどの程度外国人を受け入れるべきなのか。
永住制度はどうあるべきか。
技能実習制度を続けるべきか。
こうした問題は、本来、自由に議論されるべき政策課題である。
賛成する人もいれば、反対する人もいる。
それ自体は民主主義社会として自然なことであり、異なる意見があることを理由に「差別主義者」と決めつけるべきではない。
しかし、個人攻撃は別問題である
一方で、
「外国人だから」
「在日だから」
「女性だから」
という理由で個人を攻撃することは、政策論争とはまったく別の話だ。
今回の記事では、同じ記者会見に出席していた複数の弁護士の中で、在日コリアンである弁護士に攻撃が集中したという証言が紹介されている。
また、差別に反対する議員に対する殺害予告も報じられている。
これらが事実であるならば、政策への批判ではなく、個人の属性を理由とした攻撃や脅迫であり、容認されるものではない。
本当に向き合うべき課題
私は以前から、外国人問題の本質は「外国人そのもの」ではなく、日本の経済や労働政策にあると考えている。
少子高齢化、人手不足、賃金、生産性、産業構造。
こうした課題を十分に議論しないまま、「外国人を増やす」「外国人を減らす」という二者択一にしてしまえば、本質的な解決から遠ざかる。
だからこそ、外国人政策については冷静に議論する必要がある。
そして同時に、外国人であることや出自を理由に個人を攻撃したり、脅迫したりする行為とは明確に線を引かなければならない。
冷静な議論ができる社会へ
現在のSNSでは、相手を「売国奴」「差別主義者」と決めつける応酬が目立つ。
しかし、そのような対立の激化は、社会の分断を深めるだけである。
政策への賛否は自由に議論する。
その一方で、人種や国籍、民族的背景を理由とした差別や、脅迫・殺害予告といった違法行為は決して許さない。
この二つを混同しないことが、健全な民主主義には必要ではないだろうか。

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