――差別者になりたくない。
――差別したくない。
どっちも同じ意味ですか? それぞれ違う意味ですか?
これは皆、悩みます。
他人の悪口を一切言わないというのは不可能です。
差別撤廃論者の中には菩薩の修業をしているひとも少なくないため、排外主義者に「お前らこそ差別だろうが」と言われると、効いてしまうひともいるようです。
――全然、気にしなくていいって。ゴメンねって言えたらいいって。
ただ制度的な枠組みの中で、
「条例を守っていれば差別者ではない」
というロジックが成立するのは安心感がありますよね。
罪悪感というのは無視できない人間の感情です。
そういったものを信じられなかったり、大して価値のないものだと思ってしまったら、人として終わりだと思います。
「条例が出来れば、条例が取り締まってくれる。だから差別者はいない」
日の丸街宣倶楽部(右翼)とかを元気づけてもしようがないので、これ以上言いません。
あの連中を見ればわかるとおり、条例はかえって隠れ蓑になるので油断は禁物です。


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