ヘイトスピーチ解消法から10年
2016年に「ヘイトスピーチ解消法」が施行されてから、まもなく10年を迎えます。
この法律は、在日コリアンなど外国にルーツを持つ人々に対する差別的な言動が社会問題となったことを背景に制定されました。
一方で、東京新聞は現在もクルド人コミュニティーを中心に、差別的な言動や嫌がらせ、暴力が続いていると報じています。
記事では、暴行や盗撮、SNSへの無断投稿、事業所への落書きなど、さまざまな被害が紹介されています。
もし報道されている事例が事実であれば、こうした暴力や脅迫、器物損壊は、加害者の動機にかかわらず法令に照らして対処されるべき行為です。
「ヘイトスピーチ」と「犯罪」は区別して考える必要がある
今回の記事には、街頭での差別的な言動だけでなく、
- 暴行
- 脅迫
- 器物損壊が疑われる行為
- 無断撮影や嫌がらせ
なども紹介されています。
これらは、それぞれ刑法など既存の法令が関係する場合があります。
一方、「ヘイトスピーチ」と呼ばれる言動については、どこまでを違法とするのか、どのような規制が適切かについては、法的にも社会的にも議論が続いています。
異なる性質の問題を区別して議論することが重要です。
差別禁止法を求める声
記事では、超党派の議員連盟が、現行法を見直し、禁止規定や罰則を伴う制度への改正を目指す考えを示したと報じています。
現在のヘイトスピーチ解消法は、理念法としての性格が強く、「差別的言動は許されない」と定めていますが、刑事罰や行政罰を直接設けているわけではありません。
これに対し、
- より実効性のある制度が必要だという意見
- 表現の自由への影響を慎重に考えるべきだという意見
の双方があります。
どのような制度が適切なのかについては、今後も国会などで議論が続くことになるでしょう。
表現の自由との関係
差別的な言動を規制する議論では、必ずと言ってよいほど「表現の自由」が論点になります。
民主社会では、外国人政策や移民政策、治安対策などについて自由に議論することは重要です。
その一方で、
- 人種や民族を理由に排除を呼びかける行為
- 暴力をあおる言動
- 特定の集団への深刻な権利侵害につながる表現
については、どこまで規制すべきかという難しい問題があります。
海外でも制度はさまざまであり、国によって規制の範囲は異なります。
だからこそ、日本でも、表現の自由と人権保障の双方を尊重した制度設計が求められています。
法律だけで差別はなくなるのか
記事では、川崎市の条例が紹介されています。
この条例は、一定のヘイトスピーチに対して刑事罰を設けた日本初の条例として知られています。
一方で、法律や条例だけですべての差別がなくなるわけではありません。
SNSでは新たなアカウントが作られ、匿名での発信も続いています。
また、差別や偏見は法律だけで解決できるものではなく、教育や対話、地域での交流なども重要な要素と考えられています。
制度と社会の取り組みの両方が必要だという見方もあります。
冷静な議論を続けるために
近年、外国人をめぐる問題は社会的な関心が高く、さまざまな意見があります。
治安や在留資格、地域との共生について議論すること自体は、民主社会では当然認められるべきです。
しかし、その議論が特定の民族や個人への侮辱、脅迫、暴力へと発展してしまえば、建設的な議論は成り立ちません。
政策への賛否と、人としての尊厳を尊重することは両立できるはずです。
おわりに
ヘイトスピーチ解消法の施行から10年。
この間、社会の状況は変化し、インターネットやSNSが差別的言動の拡散に大きな影響を与えるようになりました。
一方で、差別への対応を強化する際には、表現の自由や適正手続きとのバランスについても慎重な検討が欠かせません。
違法な暴力や脅迫には適切に対処しつつ、多様な意見が冷静に交わされる社会をどう実現するのか。
その両立を目指す議論こそが、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。

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